夏の友

宿題

2月4日(月)《現況/元凶》

昨晩はずーっと雨で,少し生暖かさすらある感じだった.おかげで翌朝の車のフロントガラスの心配もしなくて済んだ.適度に雨が降ることで,空気が多少潤うのが救いだ.

一人暮らしが滞っている.その心は,洗い物,自炊,部屋の整理,スケジューリング,何かに対するやる気,全部が滞っているという感じだ.昨日,久しぶりに自炊(といっても,炒めるだけの牛肉とにんにくの芽セットを炒めた)したところ,満足感がちゃんとあった.でも,そこに至るまでが大変なハードルなのである.自慢できることではないが……

最近,バズレシピとかそこらへんのキーワードでお手軽料理が流行っている.あれすら,自分にはハードルがある.というのも,洗い物をさぼっているが故に,次の料理に移れないのだ.洗い物が面倒なこと,それから洗った後の食器を整然と片付けられないということがある.連鎖反応でアウトになっている.というか一人暮らしの皆さんどうやって食器整理しているの.

合わせ技でダメになっていることはかなりあって,学習もそう.学習にも気が及ばないから,自己への満足度が低い.それを受け入れられず,攻撃は他者に向かう.という流れで,最近Twitterでの発言がRTか,他者への不満しか口にできていないようになっている.悲しいことである.

ちっとは打開したいところ.少しずつリハビリし始めるそんな如月のはじめである.

1月2日(水)はれ《自分次第》

家族で初詣をした。実家の地域の氏神に手を合わせてきた。毎年、幼い頃からずっとなのだが、神社の敷地で知り合いに遭遇したくないなあと恐る恐る足を運ぶ。小学生の頃は、何となく家族と一緒にいるのがこっ恥ずかしかった。今は今で、久しぶりに会ったとして、「久しぶりですね!」の次に何を話せばよいか困りそうな気がしてならない*1

ただ、1回だけ話をせずに後悔したことがある。就職して1年目の正月、昨年度までアルバイトしていた塾での教え子をスルーしてしまった。その子は優秀な中3の子で、あまり教えることが無かったものの、信頼を寄せてくれていた。難なく受験に成功したのを見送って僕は就職、引越ししたのだが、その子とは高校進学直前の春以来だった。家族連れでいるところに尻込みして声をかけることができなかったのだが、一言くらいは交わしたかった。特に、高校生になってどう人間的に変わったのか、気になるところだったのに。

彼とは当然それきり。今は大学生だろうから、どこにいるやら分からない。一期一会とはよく言ったものだなと、過去の自分を恥じているところだ。

それもあって、今年は人の縁を大切にするように手を合わせた。自分次第でどうにかなることは割と多いとだんだん気づけてきたのもあって、願いというよりは決意表明なのかもしれない。良い年になりますように。

*1:実際はそんなことない人のほうが多いだろうけど…たぶん……

平成31年1月1日(火)はれ《年始感》

今年もよろしくお願いします。年末感がないと思ったら次は年始感のなさを嘆くのである。どうしようもない。

紅白は林檎さんとみやじのところ、米津玄師のところだけ見た。相変わらず飛んだり跳ねたりしていて楽しそうで良かった(こなみ)。米津玄師は生歌のパフォーマンスにしてはやっぱり凄かった。2年前にライブに行ったきりなので、そろそろ次も行きたい。白組のトリが気に食わなかった以外、10時半以降のパフォーマンスはどれも凄かったと思う。平成最後のとか、それらしい枕詞を付けることなく、こういう歌番組を作ってくれ。

年が改まってからは、艦これを再開した。およそ3年ぶりかなあ。前住んでいたところのアパートの回線があまりにクソだったので断念していたきりだ。とりあえず攻略サイト抜きでイベントに参戦したところ、いきなり札がつけられて面食らってしまっている。いや、真っ先に神通を旗艦に据える僕が悪いんだけど。結局Wikiを参考にしつつ丙提督として謙虚にやるつもり。

それから、かつてのクラスメイトから今年の年末にクラス会やると連絡がピンポイントで来た。厄介である。以前投稿した、地域の祭りで同級生と再会しまくった話の真逆で、やりたい奴らは勝手にやってくれ感がすごく強い。ウェイウェイ組が俺たちアングラ組を引っ張り込もうとするなら、いくつも搦手を使わないとダメだろう。直球勝負で来てもそうはいかんざきである*1。「好きな奴ら同士で俺はやるから、君らもそうしてくれ」とダンマリを決め込んでいる。ほとんど思い入れの無いクラスだから、そうなるのもしゃーなしやぞ。悪いけど。また事細かに悪口は書きます。

そんな感じで、実感のない朔日だった。今年も何もお得な情報は提供しませんが、何卒宜しくお願い申し上げます。

*1:ここらへんが、ウェイ組との圧倒的な差である。

平成30年12月31日 はれ《年末感》

年末感がないまま、今日を迎えてしまった。今日は自分の誕生日であり、もう26歳になってしまった。ありがとうございますありがとうございます。

今年初めて、クリスマスから大晦日って短いよなとしみじみ思った。クリスマスが終わって2週間ぐらい空くとちょうどいいのかもしれない。感慨に浸る余裕もなく年末のあれこれを済まして実家に帰ってきた。今年は手伝いを積極的にやっている。気持ちに余裕がある現れか。

「年末感」という言葉の意味を考えてみると、主観に依るところしかない。にも係らず、今日Twitterで検索をかけたら割と年末感の欠如を謳う人がやっぱりある程度いたため、割と共感してしまっている。その人たちと何を共感しているのか、謎である。

昨日のNHKの番組で、北海道で本当に自然とともに生活している家族を特集していた。電気は最低限、子どもたちは土や草木と共に育っている様子だった。斜に見る人間としては、子どもたちは現代社会の常識をどうやって身につけるのかとても心配したのだが、それは外野が云々言うことではない。親の責任でやっているのだから、親が文句垂れず責任をとってくれれば良い。

……ともかく、この子たちは季節感に優れているのだろうと思ったりした。あれ、でも、自然界に無いカレンダーと見比べていないから僕の言う年末感とは違うのか。真に自然の中で、俗世から離れた生活をしていると、年末という事すら把握できないか。等と思ったりしている。年末らしさ皆無だなあ。


今年は担任業務から外れて脇役に徹した一年だった。去年の今頃は、三者懇談が終わったことにひどく安心していた。それから比べれば、まったく大したことのない一年だ。来年への怖さすらある。

それから、人との出会いに恵まれた。結婚の見込みはないが。人と接するノウハウが少しずつ貯まってきたのかも。誰かと同じ空間や時間、事柄を共有するのはとても幸せなんだなと心から感じた。人という財産を大切にしよう。

来年への抱負。ジムの習慣と日常の記録をしっかり付ける。他もよくばりすぎないように、ぼちぼちやろう。


平成30年もありがとうございました。また来年も、あるいは来年こそ、宜しくお願いします。

12月2日(日)はれ

実家に帰ってきた目的である.

・服を整理すること ・スタッドレスタイヤに替えること ・髪を切ること

ぜんぶつつがなく終わった(完).

時間の作り方

12月に入ってから,ちょっと意識したことがある.時間は有限だということだ(キリリリッ

……いや真面目に.無駄にグダグダしている時間さえ削れば,多少途中でもたついたとしても,後でグダグダする時間がちゃんと得られるはずだということにやーっと気がついた.昨日の時間浪費を大いに反省した結果である.うだうだしている時間をカットすることで,上の3つをテキパキこなすことができた.自分の中では割と凄いことなのである.あるある.

勝負は明日の朝だと思っている.明日の朝から有効活用できるようになったら,ちゃんと考えている証拠だと思うが,さてさて.

12月1日(土)はれ

ブラック体質

昨日,珍しく残業が1時間未満で終わったので勇気を持って帰った.……とは言いながらも,本当は2時間休みをとって帰るつもりだったのだ.予定では「仕事に飽きたらすぐに帰る」つもりで申請を出し,提出物やらテストやらを片付けていた. それがどうだ.実際に帰ったのは定時過ぎて40分後だし,なんだったら帰ってから何をしてよいか分からなくなってぼーーーーーーーっとする他なかった.部屋の掃除とか,ジムとか,早めに寝るとか,やることはたくさんあったのだ.なのに,そういうことが全部すっ飛んで6時間ほどダラダラして酒を飲んで寝た.なんたること.

翌朝の今朝もそれをしっかりと引きずり,朝ジムに行ってから洗濯をし,部屋を片付けてから昼過ぎに実家に行くつもりだったのだが,ジムには行かずに14時過ぎに二度寝から目を覚まし,急いで洗濯掃除をして着いたのは18時過ぎである.はぁ.

普段は20時過ぎに溜息を吐きながら帰宅して,なんとなく自炊したりコンビニに頼ったりする生活である.昨日は,わざとネガティブな言い方をすると,そのリズムが崩れたわけである.だから困惑して何もできなかったといえばそれっぽいが,それほどに残業体質が体に染み付いているということでもある,はず.実家に車を走らせながら,そのことがショックでならなかった.

おべんきょ

久しぶりに代数曲線論を開いた.4.2節の複素トーラスがRiemann面であること,Weierstrassのペー関数の手前まで行った.具体的なRiemann面に触れなければと思いながら.

断捨離

という言葉は自分に浸透しないと思っていたが,今浸透しつつある感じがする.というのも,今回実家に帰る目的の一つとして夏服の整理があるからだ.狭い衣装ケースを整理して,物干し竿にかかりっぱなしの服を何とかして入れることでこたつを導入しようかという試みだ.……とにかく,物が多すぎるのが問題なのである.それを以下にごまかすかが大切なのだ.早く捨てなければと少し焦っている.

11月18日(日)はれ

月イチになりつつある.いかん.

今日は何をしていたかというと,今使っているiPhoneの名義変更だ.これまでずっと母親名義だったものを自分のものに変えた.今使っているiPhoneは5S,大学4年の夏に契約したやつだ.その時点ではまだ就職内定ではなかったので,「自分で稼ぐようになったら変えよう」と決めておいてそのまま4年が経ってしまった計算になる.そろそろXRに変えたいなと思い始めたので,あわよくば機種変更まで頼むつもりだった.

物持ちがいい人間とよく言われる.というより,実際そうだ.同級生がランドセルをボロボロにする中で僕一人傷が少ない状態で毎日使っていたり,服も私服制服限らず使い通していける.携帯電話も同じで,初代のガラケー(912SHだったか)は4年以上使ったけれど液晶も割れず未だに電源が入るし,今使っている5Sも画面にヒビ一つない.よく信じられないと言われるが,そうそう落っことすあなたの使い方のほうが分からんと言い返せる.すごいでしょ.

そんなわけで,4年ぶりに地元のやわらか銀行ショップ*1に行った.銀行よろしく整理券をとって,2時間待った.一人で2時間待つのはそれほど苦ではないが,契約者の母親を伴っている今回は話が別.流石に申し訳なかった.とはいえ,母親はiPhone8でゲームを2時間やり続けていた.インド人もびっくりだった.ゲームに触れてこなかった人間が触れ始めるとろくなことにならないと思っていたが,まさか身内でそうなるとは.むしろ自分のほうが手持ち無沙汰で,一応持ってきたアルティンガロア理論*2をちょっと眺めたりしていたが,ノートがなくて何も理解まで及ばなかった.

ケータイショップに若者は少ない.生気のない中高年以上ばかりだ.客は土気色の顔をした人ばかりで,店員はあくせく働いていて,一刻も早くこの店舗から出たかった.一緒にされたくないというか,何というか.途中,店員に「いい加減まだなんですか!? まさか,私を飛ばしているんじゃないでしょうね??!!?」とつっかかる婆さんがいて,世紀末だと思った.お前のその行為は時間泥棒以外の何物でもないぞ,と喧嘩を買いに行きたかったが,母親の手前やめた.幼児2人が別に待っていて店舗を駆け回っていてこれもまた世紀末感があったが,子どもたちは一定期間を過ぎると大人しく待っていた.婆さんのほうがよっぽどクソガキだなあと思う次第である.

契約の変更は来店2時間後につつがなく終わった.いや,つつがなくない.

暗証番号が●で出るけれどもその下に丸見え状態で出てきたりとか,セキュリティもクソもないものがそこかしこにある.今回のこれもかなりがっかりした.その程度のセキュリティ意識なら,初めから丸見えにしておくほうがいいと思うんだけど.

そんなわけで,たった2時間でどっと疲れたような,気分を害したような気持ちにさせてくれた.しばらくケータイショップには寄り付きたくない.

*1:ソフトなバンクのこと.

*2:実家に置いてきたのを忘れて行方不明状態だったもの.